マジョリカ焼きの歴史

 

マジョリカ焼き ヨーロッパの近代陶芸の始まりは、イスラム(本拠地古代ペルシャ)から長い道のりを経て、多種多様の風土により少しずつ形を変えてヨーロッパ各地に広 がったものだと言えます。

 

 そして、それは10世紀後半にはヨーロッパに重要な3つの製陶地をもたらしました。製陶地の1つめはエジプト、2つめはチュニジ アからシチリア地方にかけて、3つめはモロッコからスペインにかけてです。

 

 イタリアへの流入は2つのルートが考えられています。まず、11〜13世紀シチリアから拡がったもの。そして14〜15世紀にスペインのマニセスから大量にイタリアに輸出された陶器の流れです。

 

 『マジョリカ』と呼ばれる由縁ですが、スペインからの陶器がいったんマジョリカ島で船の積み替えを行い、それがイタリアに入って来たことから『マジョリカ』と呼ばれるようになったとの説が有力です。

 

 イタリアに入って来た陶器(マジョリカ)は当時フィレンツェで芽生えたイタリアルネッサンスの新しい風を受け、色彩的にも装飾的にも洗練された造形芸術 として発展しました。それが後にフランス、オランダへ、さらにはドイツやイギリスへと拡がりました。16世紀には遠くポーランドにもイタリアン・マジョリ カが伝わったという記録が残っています。

 

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