LA MAIOLICA ITALIANA

2009年02月20日

イタリア地図 イタリアは日本と同じように緯度の長い国土です。それ故に気候や風土が多様化していて、それぞれの地域がそれぞれの文化を持っている・・・ここまでは日本や他の国にも見られる現象です。

 

 でも、イタリアはその傾向が特に顕著に現われていると思われます。

 これはイタリアがわずか138年前に統一されるまで独立した小国家の集合体であったため今もなおその意識が強く、各地方が独自の歴史と文化を持ち、それを守り抜こうとしているためではないでしょうか。

 

 よくイタリア人は自分のことを「イタリア人」とは言わず、「ナポリ人」「ローマ人」と言うというようなことを耳にしますが、これは本当のようですよ。私の友人のイタリア人達も(このように言ったらダメなのでしょうが・・・)自分の出身の街や州以外のイタリアには全くと言っていい程無関心、そのかわり自分の街のことにはその歴史や文化などに熟知し、強い誇りを持っていると言う方が多いですね。

 

 この傾向はもちろん陶器の文化にも強く反映していて、各地方の陶器を見ると、それぞれの伝統的なデザインや技法をしっかりと受け継いでいることが伺われます。

 それぞれの陶器が色使い、デザインパターンなど独自のものを形成しているため、陶器を見ればどの地方のモノか察しがつきます。例えば同じ青でも、リグーリア州の青とカンパーニャ州の青ではその色使いの違いが見て取れます。

 

 様々な地方の歴史や文化、美味しいものに触れながら陶器の街を巡る旅・・・楽しいですよ!!

 今まで通算4ヵ月程かけて、イタリアの12の陶器の街を訪問しました。レンタカーを借りて、北から南へ南へと走らせ、路に迷いながらの珍道中。人々の暖かさに触れジーンとしたり、ハプニングにあって泣きそうになったり。大変な思いでしたが、どの地方でも陶器との出会いはいつも感動的!
 買い集めた陶器で日増しにで重くなる車のトランク、同じように私のイタリア陶器に対する思いもしっかりと重みを増していく旅でした。

 

 さぁ、皆さんもイタリア陶器の街を巡ってみませんか。
 春からコラムでその魅力を存分にお伝えして行きたいと考えています。そうぞご期待下さい。

 

 今回は序文・・・イタリア陶器(マジョリカ)について少しお話し致します。

 

 ヨーロッパの陶芸の始まりは、イスラム(本拠地古代ペルシャ)から長い道のりを経て、多種多様の風土により少しずつ形を変えてヨーロッパ各地に広がったものだと言えます。そして、それは10世紀後半にはヨーロッパに重要な3つの製陶地をもたらしました。製陶地の1つめはエジプト、2つめはチュニジアからシチリア地方にかけて、3つめはモロッコからスペインにかけてです。

 

 イタリアへの流入は2つのルートが考えられています。まず、11〜13世紀シチリアから拡がったもの。そして14〜15世紀にスペインのマニセスから大量にイタリアに輸出された陶器の流れです。
 『マジョリカ』と呼ばれる由縁ですが、スペインからの陶器がいったんマジョリカ島で船の積み替えを行い、それがイタリアに入って来たことから『マジョリカ』と呼ばれるようになったとの説が有力です。

 

 イタリアに入って来た陶器(マジョリカ)は当時フィレンツェで芽生えたイタリアルネッサンスの新しい風を受け、色彩的にも装飾的にも洗練された造形芸術として発展しました。それが後にフランス、オランダへ、さらにはドイツやイギリスへと拡がりました。16世紀には遠くポーランドにもイタリアン・マジョリカが伝わったという記録が残っています。

 

 そのような LA MAIOLICA ITALIANA の魅力をたっぷりご紹介します。どうぞお楽しみに!

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