白地に藍の器たち

2010年01月26日

 白地に藍一色で描かれた食器・・・どこの家庭でも食器棚を覗けば見つかるのではないでしょうか。食器の定番と言えるもので、どんな料理にも合うので使いやすく多くの人に好まれています。

 この『白地に藍の器』は日本はもちろんのこと、中国やベトナムなどアジア諸国、イタリア、フランス、ポルトガルなどヨーロッパの様々な国で、独自のものが古くから作られ今日まで親しまれています。

 

 日本でこれらは『染付け』と呼ばれ、藍一色で描かれた食器の総称になっています。正式には、白地に呉須=コバルトで下絵付けをし透明な釉薬をかけて還元焼成した磁器を染め付けと呼ぶのですが、それ以外のものでも白地に藍であれば染付けと称していることもあるようです。

 この染付けのルーツは中国で宗時代に始まり、中国青華、もしくは釉裏青と呼ばれています。日本へ入って来たのは室町時代という説がありますが、文献として残っているのはもう少し後の1603年、江戸の初期の伊万里焼が始まりです。『染付け』と呼ばれるようになった説はいくつかありますが、有力説は、食器の風合いがその頃(江戸初期)日本で盛んにつくられていた藍で染めた麻の布(=染付け)に似ていたから、というものです。

 

 今でも伊万里や瀬戸など日本の各地で作られている染付けは愛好家も多く、また江戸時代に作られた染付けを収集しているという方も少なくないようです。私のお知り合いの方も染め付けの蕎麦猪口を集められていて、古い伊万里から現代のものまでかなりの数をお持ちです。

 私は収集家とまではいきませんが、染付け愛好家ではあります。釉の下で生地にとけ込む呉須の風合い、しっとりとしながら白地に藍がきりりと浮きだった器に魅せられた一人です。伊万里焼は、絵付けや器の形が印象的なものを少しずつ集め、普段使いには砥部焼の染付けを愛用しています。

 

白地に藍の器
 『白地にブルーの器』はヨーロッパでも多く見られ、そのルーツをたどれば最終的には中国に行き着きますが、日本の染付けほど中国青華の印象を残してはいません。それぞれが独自の研究で生地を開発し、個性あるデザインを生み出しています。

 

 ヨーロッパの『白地にブルー』で日本でも人気が高いのはデンマーク、ロイヤルコペンハーゲン。中でもブルーフルーテッドのシリーズは根強いファンが多いようです。ロイヤルコペンハーゲンは1775年に薬剤商フランツ ・ヘンリック・ミューラーによって開窯し、その後王室所有の窯となったことで高い技術と品質を保ちました。1868年に民間の窯になりましたが、それからも今日に至るまで高い水準を保っています。

 

 8年ほど前に工場を見学させていただき、そこで働く方々からいろいろお話を伺うことが出来ました。マエストロと呼ばれる絵付け師の品質へのこだわりの強さ、絵付けの技術に対する誇りの高さに深く感動したことを憶えています。

 

 このロイヤルコペンハーゲンより早く、1709年に開窯したのがドイツ、マイセン。翌1710年にはドレスデンにて王立ザクセン磁器工場を設立、これが現在の国立マイセン磁器製造所の前身です。
 マイセンのブルーオニオン、ブルーオーキッドも人気のシリーズです。
 他にもフランスのリモージュ、オランダのロイヤルデルフトなど各国で品質の高い白地にブルーの食器が生産されています。

 

 ヨーロッパの『白地にブルー』で私が気に入っているのはジアン社の 0iseau Bleu のシリーズ。これは、銅板による転写を使うことで柔らかい風合いのブルーを表現しています。

 このシリーズをつくったデザイナーは難破船から引き上げられた食器のブルーをイメージしたそうです。長い年月潮にさらされて薄くなった染付けの色にインスピレーションを感じたと言っています。

 

 ジアンの工場も2005年に研修旅行の一環で生徒さん方とともに訪問しましたが、整然とした内部でスタッフがきびきびと動き、分業制の中でそれぞれが自分の作業に強いプロ意識を持っていました。特にこのブルーには強いこだわりを持っていて、案内をしてくださった女性のディレクターの方は『ジアンブルー』がフランスではとても愛されているでそれを生産することが嬉しいと話されていました。

 

 葉山や鎌倉の海岸を散歩すると時々、打ち上げられた食器の破片を目にすることがあります。潮にさらされた色彩はとても柔らかい、なんとも深みのあるものです。手にとって眺めながら、ここから創造の種を見いだすとはすごいなぁと感嘆してしまいます。

 

 白地に藍の器はいたってシンプルですが、それだけにデザインや白さ、青さの特徴が顕著に現れます。見れば見るほど、その背景を知れば知るほど興味深い世界だと思います。

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